11.10.「カープを優勝させる会」
1966年に
東京都に在住する
広島県人の著名人有志が「
カープを優勝させる会」という団体を発足させた。発起人は東京で趣味の雑誌「酒」を編集・発行していた広島県出身の作家
佐々木久子だった。この発足に
梶山季之、
石本美由起、
新藤兼人、
藤原弘達、
木村功、
杉村春子、
森下洋子ら広島出身者と広島やカープ選手にゆかりのある
灰田勝彦や
富永一朗、その他、
アンチ巨人で有名だった
大宅壮一や梶山の飲み友達だった
田辺茂一らが参加した。佐々木によると東京は
巨人のファンだらけでうんざりしていて、しかも当時の広島も最下位か5位が当たり前、よくてBクラスの勝ち越しと予想されるほど弱かったため、「西から太陽が昇ることがあってもカープが優勝するどころかAクラスに入ることなんか絶対にねぇっ!!」と馬鹿にされていた。「このままでは東京コンプレックスがひどくなる。それを跳ね除けるには郷土の花たるカープを優勝させるべく応援しようではないか!」と立ち上げたのだそうである。しかし発足させたのはいいが2年後(
1968年)に初のAクラス(3位)に浮上したのが精一杯で、佐々木の「カープが優勝、巨人は最下位」という叫びは痛々しく聞こえていた。しかし
1975年チームが初の
セントラル・リーグ優勝、しかも巨人初の最下位も実現するというおまけつきで、そればかりか優勝が決定したのは巨人の本拠地・
後楽園だった。
こうして「カープを優勝させる会」は1975年に解散したが、とたんに以前ほどではないが低迷。これではいけないと佐々木は「再びカープを優勝させる会」を
1978年に発足。するとチームは
1979年に初の日本一、翌
1980年には巨人以外ではセ・リーグ初となる2年連続日本一を達成した。しかし、90年代後半から続いている広島のふがいない成績や戦いぶりに「もう一度この会を復活させよう」という声が上がっている。